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金を振りまき逢瀬を重ねたものの…
伝説は遊女と庶民の本音を代弁した
江戸の吉原では様々な年中行事が行われていた。中でも稼ぎどきなのが紋日である。紋日とは一般の節句に加え、吉原特有の祝日も含んだ遊郭のイベントデーのことで、各月に5日〜10日間、多い年には80日以上も設定されていた。これらの日の揚代は通常の2倍が相場。揚屋にとってはまたとないかき入れどきであった。一方、この日に客がつかない遊女は、ペナルティーとして自ら揚代を納めなくてはならない。そうなれば借金は増え、年季明けは遠のき、生き地獄がなお続くとあって、遊女たちは必死で馴染み客に手紙を送った。今で言うホステスの営業メールのようなものである。
遊女の最高峰である太夫クラスともなると、あくせくするのは男の方である。何しろ1回の揚代が数百万円。その倍額の他に、ご祝儀やら着物代やら…。しかしここは財力を見せつけるチャンス。相当な無理をしてまで金を捻出する者も後を絶たなかった。それだけ人を夢中にさせる太夫とは、どんな人物だったのだろうか。
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【高尾】吉原で最も著名な太夫。三浦屋お抱えの花魁で、その名は何代にも渡って襲名された(六代・七代・十一代と諸説がある)。中でも有名なのが「仙台高尾」で、仙台藩主・伊達綱宗が彼女の体重と同じ重さの小判を支払い身請けするも、恋仲にあった浪人を想い続ける高尾に逆上し、斬り殺したという逸話がある。また、有名な落語「紺屋高尾」では、染物屋の職人、久蔵の情にほだされた高尾太夫が、年季が明けに彼の元に嫁いだという内容が伝えられている。どちらの高尾も実在するものの、伝承される内容は事実ではない。
【薄雲】高尾と並び賞された太夫で、元禄期の前後に三代に渡って襲名されている。その中の1人は気の強い女性として知られており、金に物をいわせようとする客には断じて肌を許さなかったという。さらに、身請けされた後も意に従わないばかりか、指を1本ずつ切り落として苦痛を与えると脅されても屈せず、最後には殺されたと伝えられている。
【勝山】もとは神田丹前の風呂屋の湯女。江戸中で評判の美貌と才能の持ち主で、湯屋の廃止によって吉原の太夫として招かれることとなる。彼女の髪型は「勝山髷」として流行し、後に既婚女性の象徴である丸髷の原型となるなど、いわばファッションリーダー的な存在であった。また、花魁道中の歩き方「外八文字」も、勝山が考案したとされている。
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こうした話しは虚実を取り混ぜた逸話である。おそらく江戸っ子の反骨精神や、庶民の夢や希望を遊女になぞらえて作り上げられたものも多いだろう。ある人にとってはドラマチックな伝説の主役、ある人にとっては財産を投げ打っても寄り添いたい相手。いずれにしろ、太夫が誰をも魅了して止まない存在だったことは間違いない。
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金を振りまき逢瀬を重ねたものの…
伝説は遊女と庶民の本音を代弁した
江戸の吉原では様々な年中行事が行われていた。中でも稼ぎどきなのが紋日である。紋日とは一般の節句に加え、吉原特有の祝日も含んだ遊郭のイベントデーのことで、各月に5日〜10日間、多い年には80日以上も設定されていた。これらの日の揚代は通常の2倍が相場。揚屋にとってはまたとないかき入れどきであった。一方、この日に客がつかない遊女は、ペナルティーとして自ら揚代を納めなくてはならない。そうなれば借金は増え、年季明けは遠のき、生き地獄がなお続くとあって、遊女たちは必死で馴染み客に手紙を送った。今で言うホステスの営業メールのようなものである。
遊女の最高峰である太夫クラスともなると、あくせくするのは男の方である。何しろ1回の揚代が数百万円。その倍額の他に、ご祝儀やら着物代やら…。しかしここは財力を見せつけるチャンス。相当な無理をしてまで金を捻出する者も後を絶たなかった。それだけ人を夢中にさせる太夫とは、どんな人物だったのだろうか。
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【高尾】吉原で最も著名な太夫。三浦屋お抱えの花魁で、その名は何代にも渡って襲名された(六代・七代・十一代と諸説がある)。中でも有名なのが「仙台高尾」で、仙台藩主・伊達綱宗が彼女の体重と同じ重さの小判を支払い身請けするも、恋仲にあった浪人を想い続ける高尾に逆上し、斬り殺したという逸話がある。また、有名な落語「紺屋高尾」では、染物屋の職人、久蔵の情にほだされた高尾太夫が、年季が明けに彼の元に嫁いだという内容が伝えられている。どちらの高尾も実在するものの、伝承される内容は事実ではない。
【薄雲】高尾と並び賞された太夫で、元禄期の前後に三代に渡って襲名されている。その中の1人は気の強い女性として知られており、金に物をいわせようとする客には断じて肌を許さなかったという。さらに、身請けされた後も意に従わないばかりか、指を1本ずつ切り落として苦痛を与えると脅されても屈せず、最後には殺されたと伝えられている。
【勝山】もとは神田丹前の風呂屋の湯女。江戸中で評判の美貌と才能の持ち主で、湯屋の廃止によって吉原の太夫として招かれることとなる。彼女の髪型は「勝山髷」として流行し、後に既婚女性の象徴である丸髷の原型となるなど、いわばファッションリーダー的な存在であった。また、花魁道中の歩き方「外八文字」も、勝山が考案したとされている。
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こうした話しは虚実を取り混ぜた逸話である。おそらく江戸っ子の反骨精神や、庶民の夢や希望を遊女になぞらえて作り上げられたものも多いだろう。ある人にとってはドラマチックな伝説の主役、ある人にとっては財産を投げ打っても寄り添いたい相手。いずれにしろ、太夫が誰をも魅了して止まない存在だったことは間違いない。
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